大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)9764号 判決 1966年9月10日

原告 国鉄動力車労働組合

被告 日本国有鉄道

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告は、「被告は原告に対し二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年一二月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二、請求原因

一、(当事者)

被告は、日本国有鉄道法に基いて鉄道事業等を経営する公共企業体であり、原告(旧名称・日本国有鉄道機関車労働組合)は、被告の機関車、電車その他の動車に関係ある職務に従事する職員(原告において不当解雇と認めた者を含む。)で組織する法人たる労働組合である。

二、(団体交渉権)

原告は、労働組合として憲法二八条により団体交渉(以下「団交」という。)権を保障されている。したがつて、被告が故なく原告の団交申入れに応じないことは、一面において原告に対し団交に応ずべき債務の不履行となり、他面において原告の団交権を侵害する不法行為にもなるものということができる。

三、(被告の団交拒否)

原告と被告との間は従来公共企業体等労働関係法(昭和四〇年法律第六八号による改正前のもの。以下「公労法」という。)に基いて円滑に団交が行なわれてきたが、原告が昭和三二年五月二三日原告が先に被告から解雇通告を受けた黒川与次郎を代表者・中央執行委員長に再選したことを契機として、被告は団交を拒否するに至つた。すなわち、

(一)  被告は、昭和三二年五月一四日付で被告職員で原告組合員である黒川与次郎ほか三名に対し公労法一八条により解雇を通告したが(右解雇の効力については現在訴訟で係争中である。)、原告は同月二三日第二二回定期中央委員会において右黒川を中央執行委員長に再選し、同年六月一日右黒川ほか一七名を交渉委員に指名したうえ、被告に通知した。

(二)  その後、原告は別紙(甲)記載の日、同記載事項について団交(以下「本件団交」という。)を申入れたのに対して、被告は公労法四条三項を根拠としていずれもこれを拒否し、さらに同年七月九日には原告に対し口頭で「貴組合は合法的な代表者を欠いているので、協約や協定の締結の方法がないから、適法な代表者ができるまで団交を行わない。」旨を通告し、包括的に団交を拒否した。

四、(被告の故意過失)

(一)  公労法四条三項は違憲無効である。すなわち、

憲法二八条は汎く労働者の団結権、団交権等を保障し、これによつて公共の福祉が維持されるとの立場に立つものであるから、公共の福祉に対する現実かつ明白な危険がなければこれを制限することができない。団結権の行使、すなわち労働者が労働組合を結成し、これに加入し、運営すること自体から国民全体の利益に対する直接具体的な危険が発生することはないので、少くとも、誰を組合員とし、組合役員とするかは労働者・労働組合において全く自由にこれを決定し得るものというべく、まして原告のように争議権を制限され、その構成員が使用者からの解雇の脅威にさらされて非自主的な組合に堕する虞のあるものについては、とくに然りといわなければならない。

憲法二八条は、世界の労働法の歴史、現状及び労働常識の中で解釈されなければならない。現在先進諸国における労働組合はその殆んどが職能別あるいは産業別に組織されており、かように個々の企業の枠を超えて労働者が広く連携団結することは労働組合の正常なあり方であつて、昭和二一年一二月六日極東委員会の発した「日本の労働組合に関する一六原則」もその九項において「日本人はその組合組織に当つてはそれが職業、会社、工場を基礎とすると乃至は地域を基礎とするとを問わず、組合形態を選ぶは自由たるものである」と宣しており、わが憲法がこのような形態の組合組織を支持していることはいうまでもない。さらに、昭和二三年に採択された国際労働機関(ILO)八七号条約「結社の自由及び団結権の擁護に関する条約」は、その三条において「労働者団体……は、完全な自由の下にその代表者を選ぶ……権利を有する。公の機関はこの権利を制限し又はその権利の合法的な行使を妨げるようないかなる干渉も差し控えなければならない」と定めているところ、右条約は当時すでに世界の主要諸国の批准を経て国際慣習というべきものであつて、憲法九八条二項にいう「確立された国際法規」に該当するものである。その他、ドイツ・ワイマール憲法一五九条、フランス・憲法前文、米国・ワグナー法(一九三五年)及びタフト・ハートレー法(一九四七年)、「人権及び基本的自由の擁護に関するヨーロツパ条約」(一九五〇年)、世界人権宣言(一九四八年)等においても、労働者の団結権は保障され、労働組合の組織・加入に対する制限が許されないことを明らかにしている。

以上の団結権に関する叙述は、団交権にも同様にあてはまる。憲法二八条の精神は労働者が使用者と対等の立場において行う自主的団交を助長することによつて公共の福祉が維持されるとするにあり、団交権の行使によつて公共の福祉に対する直接かつ現実の危険の発生することがあり得ないことは自明の理である。団結権は、労使対等・労働条件の改善を唯一の目的とするから、およそ団交権の保障のない団結権は無意味である。

したがつて、もし、公労法四条三項が団交の当事者を職員のみで組織する組合に限定し、これに該当しない組合に対する団交拒否を認めたものであるとすれば、憲法二八条及び九八条二項に違背し、無効である。そうだとすれば、公労法三条により労働組合法(以下「労組法」という。)の団交に関する規定の適用があるから、被告は原告の本件団交申入に応ずべき義務を免れない。

(二)  被告の団交拒否は、すでに昭和二九年五月以来国鉄労働組合に対し全く同理由からなされていたところ、本件団交拒否に至るまでの間、すでに著名な労働法学者の殆んどは公労法四条三項を違憲無効とし、あるいは右規定を単なる訓示規定であるかもしくは組合員、役員の資格に関するもので組合の資格要件を定めたものではないとし、いずれにしても、右規定を根拠として被解雇組合員を役員とする組合との団交を拒むことは許されない旨を公然指摘しているばかりでなく、前記ILO八七号条約もすでに制定されたのであるから、この情勢は被告が当然知悉しているべきであつた。それにも拘らず、被告は組合の動揺・分裂を図りあるいは解雇された組合幹部の追放を強いるため、敢えて団交拒否の態度を維持したのである。よつて、本件団交拒否につき被告に故意又は過失のあつたことは疑を容れない。

五、(原告の損害)

(一)  原告は、労働条件の維持改善、組織の統一等の解決のためどうしても団交の再開を実現する必要があつたので、被告に対し強く再考反省を促すためデモ・大衆集会等を行い、組合員を動員し、あるいは組合員や一般国民の協力支援を求めるため各種宣伝を行い、また法的救済を求めて裁判所や公共企業体等労働委員会に提訴し、団交拒否対策を議題とする臨時中央委員会・全国代表者会議を開催し、各下部機関にオルグを派遣して組合員の理解協力を求め、さらにこの団交拒否が政府の労働政策に基因するので、ILO等の国際機関や外国の労働組合にも実情を訴えた。これらに要した費用は、被告の本件団交拒否と相当因果関係に立つ原告の蒙つた財産上の損害である。

右損害額は、三、五二八、〇九九円であつて、その内訳は、別紙(乙)のとおりである。

(二)  被告の本件団交拒否の結果、原告が受けた人格、自由、名誉に対する屈辱苦痛ははかり知れないが、原告の昭和二六年五月二四日設立以来の歴史、現在五三、〇〇〇名の組合員数、原告が日本労働組合運動の中で占める確固たる地位を考慮すれば、右損害は、二、〇〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉されるのが相当である。

六、よつて、原告は被告に対し、択一的に前記債務不履行及び不法行為に基き、いずれも前記五の(一)の財産上の損害及び五の(二)の損害のうち各一、〇〇〇、〇〇〇円ならびにこれに対する本訴状送達の翌日たる昭和三三年一二月一七日以降完済まで民法所定の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁・反論

一、答弁

請求原因一、三の事実は認め、同二、四の主張は争う。

同五(一)の事実中、原告が裁判所に提訴したこと及び右事件に印紙代として五〇〇円を出捐したことは認めるが、その余は知らない。仮に被告の団交拒否が債務不履行又は不法行為を構成し原告主張の出費がなされたとしても、その間に相当因果関係の存することは否認する。

同五(二)の事実中、原告がその主張の日に設立され、組合員数がほぼその主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。

二、反論

(一)  憲法二八条は、労使間に団交に応ずる具体的義務を発生させない。すなわち、同条は、国が立法行政の面で労働権保障の実を挙げる措置をとるべきこと及び同条に反する法令や公の処分は違憲としてその効力が否定されることをその内容とする。仮に、同条が公序を宣明した意味をもつとしても、その労使関係に及ぼす直接の効果としては、同条の定める労働権を否定する契約が無効とされ、あるいは使用者が団交を拒否した場合に組合が争議行為に出ても免責される等のことはあつても、同条により直接かつ具体的に団交に応ずべき使用者の作為義務が発生するものとは解し得ない。したがつて、団交に応じないという不作為によつて同条から直接に使用者の債務不履行や不法行為が成立するいわれはない。

(二)  公労法四条三項は適憲である。

1 憲法は勤労者の権利を保障すると同時に一般国民の基本的人権をも保障し、その間に優劣を認めない。したがつて、その間に相剋がある場合には公共の福祉の立場から勤労者の団結権の一部が制限されることも已むを得ない。ところで、公共企業体等(公労法二条一項に定める「公共企業体等」をいう。以下同じ)の業務にいささかでも停廃を生ずれば国民経済の運行を著しく阻害し国民の日常生活を危くすることは明らかであるから、公労法一七条(最高裁判所昭和二六年(あ)一六八八号昭和三〇年六月二二日大法廷判決により合憲とされている。)は公共企業体等の職員及びその組合に対し争議行為を禁じ、同法一八条は右禁止に違背した職員を解雇することとして、公共企業体等の業務の運営ひいては国民生活上欠くことのできない利益の確保を図つている。しかして右の趣旨は、同法四条三項により公共企業体等の職員の組合が外部の者に支配干渉されることなく自らの力で運営されている場合にのみ貫徹されるものというべく、同法一七条の禁止に違背する職員があればこれを解雇するとともに組合員としての身分をも失わせることによつて、はじめてその影響をたち切ることができる。すなわち、公労法一七条の趣旨は同法四条三項が強行法規として存在しなくては全く没却されるのであつて、右規定が強行法規であることは、同法の施行に関する法律(昭和二四年法律八三号。以下「公労法施行法」という。)一条一項、三項によつても明らかである。以上の意味において公労法四条三項は公共の福祉上已むを得ない措置を定めた適憲なものであるといわなければならない。

2 ILO八七号条約は、国民を直接覊束する法的効力を有しない。すなわち、右条約は各締結国に対し右条約の趣旨に則つた国内法規を制定することを義務づけることをその内容とする(一条、一一条)。したがつて、わが国により右条約が批准されその趣旨に従つた国内法が制定されて、はじめて国民は右国内法に覊束されるものである。

(三)  本件団交拒否は違法でない。

1 公労法四条三項は前述のとおり組合員又は組合役員となるための資格要件を定めた強行規定であるから、被告から解雇された黒川は組合役員としての法定の資格を欠き、原告のため適法に代表権限を有せず、原告主張の本件団交申入は右代表権限を欠く者からなされたものであつて適式な団交申入としての法的効果を有するものとはいえないから、被告が右団交申入に応じなかつたのは当然である。

2 仮に、公労法四条三項が違憲であるとしても、それが国会により適式に制定公布された以上、これを遵守しこれに依拠して行動することは法治国の国民として当然の義務であり、正当な行為である。もし、仮に右法規が事後に裁判所により違憲無効と判定されたとしても、従前右法規を遵守してなされた国民の行為の正当性に影響はない。確立した国際法規との関係についても同様である。

(四)  被告に本件団交申入に応ずる義務がないことは、前訴判決の既判力により確定している。

1 本件当事者間の当裁判所昭和三二年(ワ)第六、七一五号団体交渉義務確認請求事件(以下「前訴」という。)において原告(本件原告)は、本件団交申入につき被告(本件被告)に団交に応ずる義務があることを確認する旨の判決を求めたが、同裁判所は昭和三二年一一月二日「原告の請求を棄却する」との判決を言渡し、右判決は昭和三三年九月二九日原告の控訴取下により確定した。よつて、被告が本件団交申入に応ずる義務を有しないことは、前訴判決の既判力により本件において原告の争い得ないところである(前訴判決理由中原告の損害賠償請求権に関する叙述はいわゆる傍論であつて、既判力の客観的範囲に影響を与えない。)。

2 したがつて、債務不履行を理由とする請求はもとより、不法行為を理由とする本訴請求についても、前訴により被告の本件団交申入に応ずべき作為義務の不存在が確定している以上、これに応じない不作為に違法を認める余地はないから、この点においていずれもその前提を欠くものといわなければならない。

第四、被告の反論に対する原告の反論

被告の反論中被告主張の前訴判決が確定した事実を認め、その余は争う。

前訴判決は原告の被告に対する公労法三条、労組法七条二号に基く団交義務確認請求を公労法四条三項を根拠として排斥したものであつて、右判決理由中にも憲法二八条に基く原告の団交権の存在自体は肯定しているところからみても、憲法二八条に基き被告の団交拒否に対して債務不履行又は不法行為による損害賠償を求める本訴請求が前訴判決の既判力に触れないことは明らかである。

理由

一、(前訴判決の既判力について)

(一)  原告の被告に対する本件団交申入に応ずる義務確認請求を棄却した前訴判決が確定したことは、当事者間に争がない。

当裁判所に顕著な前訴判決書の記載に徴すると、原告の前訴請求は、被告の本件団交拒否が公労法三条、労組法七条二号に該当する不当労働行為であるから被告に対し本件団交に応ずる義務の確認を求める、というにあり、その訴旨は上記法条を根拠として被告との間に一般私法上の債務と同様の意味における具体的な作為義務としての団交応諾義務が存在することの確認を求めるにあるものと解されるところ、これに対する判旨は、原告は公労法にいう「職員の組合」ではなくしかも被告に対しては公労法により労組法七条二号の適用が排除されているから、原告に対する団交拒否は不当労働行為に当らないこと及び憲法二八条による団交権の保障は直接労使間に具体的な権利義務を設定する趣旨のものではないことを理由として、原告の請求を棄却したものであることを看取するに十分である。

(二)  原告の本訴中債務不履行による損害賠償請求は、被告において原告に対し本件団交に応ずべき私法上の債務を負担することを前提とするものであるところ、上記(一)によれば、被告が右のような具体的作為義務を有しないことは、前訴判決の既判力により原被告間に実体的に確定しているものというべく、右原告の請求はすでにこの点においてその前提を欠くものであるから、爾余の点について判断するまでもなく、明らかに失当である。

(三)  原告の本訴中不法行為による損害賠償請求は、必ずしも原被告間に上記のような債務(具体的な作為義務)の存在することを前提とするものではないから、直ちに前訴判決の既判力にてい触するものとはいえず、同判決が理由中に述べる法律解釈等の判断が既判力の範囲外として当裁判所になんらの拘束力を及ぼすものでないことはもちろんであるから、この点に関する被告の主張は、右請求については理由がない。よつて、以下右請求の当否について検討する。

二、(憲法二八条による団交権保障の法的意義)

(一)  憲法二八条が勤労者(勤労者の組織する団体を含むことは団体交渉等の字義上からも当然)に団交権等を保障する趣旨は、これら労働権を単に自由権として尊重するにとどまらず、さらに立法、行政等の施策を講じて勤労者がこれを真に享受できるような環境・素地を作り出すべきことを国の責務として要請するという積極的意味を有するものと解されるが、右規定自体において、これらの権利を一般私権と同様の意味における労働者の使用者に対する具体的権利として保障したものではないと考える。しかしながら、憲法二八条の保障する労働権が現実には使用者との関係において意義を有し実現されるものである以上、使用者において右権利を尊重すべきことは、同条の基本理念に由来する公の秩序ということができ、したがつて、右公序に反する使用者の法律行為はその効力を否定され、上記権利を侵害する使用者の行為については民法上の不法行為が成立するものと解するのが相当である。

(二)  被告が原告の本件団交申入を拒否した事実は当事者間に争がなく、原告の本訴請求が、叙上の見地から右事実を被告の故意又は過失による団交権の侵害として、その不法行為上の責任を問うものであることは明らかである。

三、(公労法四条三項の効力について)

(一)  労働者が自由にかつ自主的に団結すること、例えば労働者が労働組合を結成するについて企業の内外を問わず組合員の範囲・資格を自由に決定し、その代表者を自主的に選定することは団結権の本質的内容をなすものであつて、憲法二八条の保障するところである。しかして、同条の保障する労働者の権利も公共の福祉の要請するところに従い一定の制限に服することを免れないことはもとよりであるが、右権利は労働者にとつて労使間の実質的平等を実現し適正な労働条件のもとにその生存を確保するための基本的手段ともいうべきものであるから、その制限は必要最少限に止めることが同条の要請するところである。

(二)  公共企業体等の営む事業は、国家財政上の見地からするもののほか、その公益性、社会性、独占性において一般の私企業と異なる特質を見出すことができ、その業務の停廃が国民経済の運行や国民の日常生活に重大な支障を及ぼすものであることは否定できない。したがつて、右業務の正常な運営を確保するため公共企業体等の職員の労働関係につき私企業の労働者と異なる法的規制を加えることは首肯できるけれども、職員の自由な団結それ自体に制限を加えることが右業務の正常な運営確保のため必要やむを得ない措置であるとはたやすく考えられない。すなわち、例えば組合員の資格・範囲をどのように定めるか、何人を役員に選出しあるいは組合を代表して団交に当らせるか等は、純然たる労働組合の内部運営事項に属し、使用者として本来関知すべきいわれのない事柄であつて、これらを組合の自主的決定に委ねること自体は、その性質上業務の正常な運営とは直接なんらの関連性もないものということができる。

(三)  ところで、公労法四条三項の立法趣旨は右規定の文言のみからは必ずしも自明ではないが、同法三条、同法施行法一条等の規定に照らすと、公労法は同法四条三項の要件を満たす労働組合に対してのみ同法の適用があるものとし、職員等の組織する組合であつても右要件を欠くものについては、同法八条以下の団交権に関する規定はもとより団交拒否等を不当労働行為と定める労組法七条の規定もその適用が排除されるものとする趣旨であることが認められる。右解釈に従えば、公労法四条三項の規定は、組合員及び役員の全員が職員である労働組合に対してのみ労働法上の保護を与えることによつて、職員に対する解雇の脅威のもとにその団結を使用者たる公共企業体等に従属した自主性の乏しいものに誘導する結果をもたらすものであつて、結局、公共の福祉上格別の必要もなしに労働者の団結の自由に干渉してこれを制限することを趣旨とするものということができるから、労働者の団結権、団交権を保障した憲法二八条に違背する。

(四)  さらに、昭和二九年条約二〇号(同年一〇月二〇日発効)「団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約」(ILO九八号条約)二条には、労働者団体がその設立、任務遂行又は管理に関して使用者側の干渉に対して充分な保護を受けるべき旨規定されているところ(同条約六条は「公務員」につき同条約の適用を除外しているが、同条約のいう「公務員」とは同条約一六条により正文とされる英語本文“public servants engagedin the administration of the state”の示すように国の行政事務に従事する公務員のみを指し、公共企業体等の職員を含まない)、使用者の一方的な処分である解雇(たとえ、それ自体は不当労働行為でなく正当な根拠を有するものであるとしても)により労働組合の組合員、役員の地位ないし当該労働組合の労働法上の地位に他動的な影響を及ぼすことは労働者団体の管理に関する使用者の干渉ということを妨げないから、公労法四条三項はわが国が締結した同条約にてい触するものとして、憲法九八条二項にも反するものといわなければならない。

(五)  なお、被告は、公労法四条三項は同法一七条に定める争議禁止の実効を確保するために不可欠な規定であると主張するが、仮に右争議禁止規定の合憲性を前提としても、右禁止に反した職員を企業から排除し(同法一八条)あるいは当該争議行為につき民事免責の保護を与えない(同法三条、労組法八条)等の方法によつて右規定の実効性を確保するための法的措置は一応図られているものというべく、同法四条三項がそのために不可欠な規定であるとは、とうてい考えられない。

(六)  以上のとおりであるから、公労法四条三項の規定は憲法に反する無効なものといわざるを得ない。

四、(本件団交拒否の違法性)

(一)  公労法四条三項の効力が否定される以上、被告において原告の本件団交申入を拒否する法律上正当な根拠はなく(他に正当な理由があることは被告の主張しないところである。)、使用者において故なく団交を拒否することは労働関係の公序に反するものというべきであるから、本件団交申入の拒否は憲法の保障する団交権を侵害するものとして違法である。

(二)  被告は、公労法四条三項が違憲であるとしても、それが法律として適式に制定公布された以上、被告がこれに準拠して行動することは正当であると主張するけれども、違憲の法律がその旨の裁判等を待つまでもなく効力を有しないことは憲法九八条一項によつても明らかであつて、たとえ法律として適式な制定公布の手続を経たものであるとしても、それに依拠した行動が客観的に違法であることは、これを免れない。

五、(被告の不法行為責任の有無)

(一)  原告は、公労法四条三項が違憲無効であることは被告において当然知悉し、あるいは知悉し得たはずであるにもかかわらず、原告の組織の分裂動揺を意図して本件団交拒否の違法な措置に出たものであるから、これについて故意又は過失の責を免れないと主張し、当時一部の著名な法学者らが公労法四条三項を違憲とする見解を唱えていたこと、ILO八七号条約がすでに世界の主要諸国の大多数の批准するところであつて、わが国における一般の見解として公労法四条三項は右条約に抵触するものと考えられていたこと、原告の挙示する諸国の憲法、条約、世界人権宣言に労働者の団結権を保障する趣旨の規定が存することは公知の事実である。

しかしながら、公労法四条三項の違憲説に対してはこれに反対する説もなかつたわけでなく、この点に関する解釈は判例上も確定していなかつたこと、わが政府及び国会に多数を占める政府の与党は右規定が合憲であるとの見解をとつていたこと、当時ILO八七号条約はわが国の批准を経ていないことも、また公知の事実である。右事実に、公労法四条三項が違憲かどうかは法律学の専門領域に属する困難微妙な法律解釈問題であること、法律が終局的には違憲のものであるとしても、その旨の最高裁判所の判決や政府の公式見解をまたないで一般国民に右法律の不遵守を期待することは困難かつ酷であることを考え合わせると、被告が右法条の違憲無効であることを確信しながらあえて本件団交拒否の挙に出たものとは認め難く、その違憲無効を知らなかつたことについて過失の責を帰することも相当でない。

(二)  一方、被告の権利侵害の態様は、単に団交に応じないという不作為の消極的行為に止まり、その意図においてとくに悪質と認めるべき資料はなく、右不作為の違法性認識の可能性及び団交権の権利性は前叙の程度のものにすぎない。

(三)  右(一)(二)の点を考え合わせると、本件団交拒否が被告の不法行為によるものとしてこれに損害賠償責任を帰せしめることは相当でない。

六、(結論)してみると、原告の本訴請求は、爾余の点につき判断するまでもなく、いずれもその理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橘喬 吉田良正 高山晨)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例